長時間労働削減は、会社と働く人双方で取り組む問題

最近、働き方についての話題が毎日のように取り上げられています。

安倍内閣の目玉の一つである「働き方改革」では、長時間労働削減やテレワークなどの多様な働き方、休みのとり方・・・などが議論されています。
また、不幸な出来事ですが、電通の新入社員が長時間労働による過労から自殺した事件などのニュースが伝えられ、社会的に大きな問題となっています。

そこで今回は、長時間労働削減に向けて、私の人事としての実務経験もふまえ、会社、そして働く人が、どのように考え取り組んでいけば良いのか、そのヒントを探ってみたいと思います。

どうして長時間労働は良くないのか

今回の電通社員の過労死事件においては、「100時間くらいの残業で・・・情けない」というような意見を言う人がいたりして物議をかもしました。

人によっていろいろと思うところはあるでしょうが、国が定めるいわゆる過労死ラインでは、月80時間以上の残業をしていると、脳・心疾患のリスクが高くなるという医学的根拠に基づいて定められているということを忘れてはならないでしょう。

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長時間労働に関しては、2016年3月24日の日本経済新聞に「労働基準監督署が立ち入り調査を行うかどうか判断する基準を1ヵ月の残業が100時間に達した従業員がいるから、残業80時間に見直しする見込み」という記事が出ました。その記事によると、80時間以上の残業をしている人は約300万人、そのうち100時間以上の人が約110万人なので、この見直しによって調査対象となる人は約2.7倍になる計算とのことです。

目的はブラック企業の撲滅

このような国の動きには、社会的に問題視されているいわゆるブラック企業を撲滅するという、国の強い信念があると思われます。

奇しくも、2016年5月19日には、2015年5月に発表した「 ①労働基準法違反があり、1ヶ月当たりの残業や休日労働が100時間超えであること②一つの事業所で10人以上の労働者に違法な長時間労働があること③1年間に3ヶ所以上の事業所で違法な長時間労働があること④労働基準監督官から是正勧告を受けた大企業であること」という基準に基づいて初めてブラック企業名の公表が行われました。
公表されたのは、千葉県に本社を置く棚卸し代行業の会社1社のみ・・・世間で問題になっている感覚からすると少し意外なものでした。
しかし、立ち入り調査の基準が、月80時間超に引き下げられると潜在的なブラック企業が顕在化してくる可能性が出てきます。

もちろん目的はブラック企業をあぶり出すことではなく、長時間労働を撲滅することです。
ですので、その主旨を正しく理解したうえで企業としてきちんと長時間労働対策に取り組んでいくことが肝要でしょう。

36協定をきちんと締結し届け出しましょう

次に、立ち入り調査対象基準80時間(今は100時間)はどのように把握されるかということについて触れておきたいと思います。

それは、残業をするためには必須となっている「時間外・休日労働に関する協定届=36協定(以下36協定)」において「特別条項=限度時間(月45時間、年360時間)を超えて残業しなければならない場合の限度時間」を何時間で設定しているかが一つの判断基準とされることになります。
つまり、特別条項の限度時間が80時間(今は100時間)を超えていると調査対象となる可能性が出てくるということです。

特別条項の限度時間に関しては、上限は定められていませんが、こうしたことも理解したうえで実際の業務量削減や効率化を実現して適正な時間設定をしていく必要があるといえるでしょう。
現実的にはいろいろな課題があると思いますが、少なくとも基準が厳しくなったからといって届出の時間だけ変えて、実態は恒常的に長時間労働になっているということだけはないようにしましょう。

日本の法律では、1日8時間 、1週間40時間〔常時 10 人未満の労働者を使用する ① 商業 ② 映画・演劇業(映画の製作の事 業を除く) ③ 保健衛生業 ④ 接客娯楽業については、1週間44時間〕を超えて労働させることは原則として認められていません。それを超えて労働をさせる必要がある場合には、36協定を締結し労働基準監督署に届け出をする必要があります。そして、36協定を締結し届け出していない、あるいは締結し届け出しているが36協定で定めた時間を超えた労働が発生した時点で法令違反となるのです。
このことを正しく認識していれば、上述した届出の時間と実態が異なっていることは大きな問題であるということが理解できるのではないでしょうか。

残業代はきちんと支払いましょう

私も報道ベースでしか見聞きしていませんが、今回の電通社員の事件でも、タイムカードを打刻した後にまた仕事をさせていたのではないかという、いわゆるサービス残業があったのではないかと言われています。また、その他に、ある新聞社で上司が部下の労働時間を勝手に削って勤怠承認をしていたというニュースも報道されています。

サービス残業に関しては、長時間労働だけでなく賃金未払いという問題も出てきます。
いわゆるブラック企業といわれる企業の多くが、このサービス残業=賃金未払いという実態を抱えていると言われています。

私も企業の人事として、これまで何度も労働基準監督署の調査(定期監督)を受ける経験をしていますが、ここ最近の特徴として、監督官はサービス残業と賃金未払いがないかという調査を徹底的に行っているように感じています。こんなことをいうと誤解をされるかもしれませんが、これまでは、そこまで見なかったのに・・・というようなところまで、勤務表や賃金支払いの資料を確認されたりします。

もちろんきちんと勤怠管理し賃金を支払っている会社は問題ないと思いますが、もし残業代や休日出勤手当等の支払いを正しくしていなかったとすると、未払い分の賃金を、賃金等の時効とされる2年前まで遡って支払いをしなければならなくなります。場合によっては、その金額が高額になる可能性もあるため、中小企業などにとっては、その支払いによって経営にも大きな影響を与えてしまう可能性も出てきます。
こうした観点からも、残業代はきちんと計算して毎月支払いをする、このことが大切でしょう。

また、上述した「タイムカードを打刻した後にまた仕事をさせていた」とか「上司が勝手に労働時間を削る」というようなことが実際に起きないようにするために、管理職に対し、コンプライアンスや労務管理の教育を徹底する必要もあるでしょう。管理職がこのような時間管理を行った場合、部下は「おかしい」と疑問に思っても、なかなかそれを口にすることができず、泣き寝入りをしてしまう可能性が高いです。そして、結果的に賃金未払いが発生してしまう・・・そうならないためにも、管理職への教育をきちんとする必要があるのです。

長時間労働をやめると売上利益は下がるのか

私たち日本人の意識の中には、「長時間労働しないで済めばそうしたいけど、どうしても現実的には難しい」というように考えてしまう傾向があるように思います。
そのような考え方になる背景には、「労働時間が減ればその分売上利益が落ちてしまう」というものがあったりします。

しかし、ほんとうにそうなのでしょうか?

よく考えてみれば、長時間労働が削減できれば、社員の健康やワークライフバランスが増進します。夜遅くまで照明や空調を使用することによる光熱費などのコストも減るでしょう。また、社員の定着率も上がる可能性が高いです。そうなれば採用費用がかかりませんし、新たに仕事を教えるという手間も時間もかかりません。 そして、企業として遵守すべきコンプライアンスも守れる。
このように長時間労働削減のメリットは、いろいろとあるのではないでしょうか。

こうした考え方は、「売上利益は働けば働くだけ上がる」という考え方から、「長く働いてもその分無駄やコストがかかっているのでは売上利益は減っているのではないか」という考え方に、頭を切り替えることで気づけることではないかと思います。

それを示す事例として、最近取り上げられることの多い伊藤忠商事の朝方勤務についてみてみたいと思います

伊藤忠商事の朝型勤務

伊藤忠商事は、朝型勤務などで長時間労働を削減し、直近の決算が軒並み赤字になった総合商社業界において、業界でトップの利益を達成しています。

私は、最近、健康経営に関する講演や働き方改革のシンポジウムの中で、伊藤忠商事の長時間労働削減への取組みのお話をお聞きする機会を何度か頂いているのですが、お話をお聞きして発想の転換によって長時間労働を削減した素晴らしい事例だと思いました。

総合商社といえば、全世界とやりとりがあるので、24時間稼働していないといけないと思いますが 、伊藤忠商事では、海外との会議などどうしても夜遅くに対応しなければならない場合を除いて、基本的には20時には仕事を終えて退社することになっているそうです。
そして、仕事が残っている場合は、翌朝5時から会社に来て仕事ができるようにしています。
さらに、5時から8時までの間は、時間外手当としてそれも25%ではなく50%増で支給し、朝食として軽食も支給するという取り組みをされています。
その結果、時間が足りなくなったりしてトラブルになったり売上利益が落ちたりしたかというとそんなことはなく、夜遅くまで仕事をしていた時よりも仕事の能率が上がり、短い時間で同じ業務がこなせるようになったとのことです。

考えてみれば、1日仕事をして疲れた頭で長時間働くのと、夜早めに帰ってしっかり寝て朝すっきりした頭で仕事をするのとでは、集中力や能率に違いがあるのは容易に想像できます。

また、朝は始業時間までという終わりの時間が決まっているということも、意識という側面で良い効果があるともお話されていました。

実際、伊藤忠商事では、社員1人あたりの生産性が総合商社の中では断トツに高くなっていて、「社員の働き方を変えた成果である」とお話されてました。
そして、そのお話の通り業績がそれを裏付ける結果になっているのではないでしょうか。

このことからも長時間労働をしなければ売上利益は下がるという考え方は必ずしも正しくないということがわかるのではないかと思います。
伊藤忠商事の取り組みは、一つの例です。会社によって状況は異なると思いますので、朝方勤務をそのまま取り入れるのは難しいということもあるでしょう。そのため、長時間労働削減の方法は、その会社にあった取組みは何かを考え取り組む必要があると言えます。しかし、共通して言えることは、長時間労働をしなければ売上利益が上がらないわけではないということを、まず認識することではないかと思うわけです。

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長時間労働削減を阻害する意外なもの

さて、これまで書いてきたように企業として長時間労働の改善に向けた取り組みをしていくことはもちろんですが、実際の現場において長時間労働を改善しようとした時に、会社の姿勢や業務量、業務の事情…などの他にその阻害要因となるものがあります。

実は、それは意外なものだったりするのです。

長時間労働の改善を阻害する意外なもの・・・それは、長時間労働をしている人自身の考え方や姿勢といったものです。
例えば、「残業代が生活給になっている」「家に早く帰りたくない・・・」なんていうものもありますが 、中でも一番厄介なのが、長時間労働をすることを自ら正当化しているケースです。

「お客さんのためにやっているんだ。お客さんに迷惑かけるわけにはいかないだろう」とか「昼間はいろいろ入ってくるので、夜や休日のほうが集中できる」とか「間違えるといけないので、もう一度確認をしたい」・・・など、長時間労働している人自らが、「長時間労働は仕方ない」と考えている。
こうなると、長時間労働削減の指導をしていても「法律法律って言うな!」みたいな話になったりして、なかなか長時間労働改善の施策が進んでいかない、というような事態になってしまうのです。

不安や心配、だってしょうがないじゃない、そして満足感

実際に人事という立場で長時間労働対策に取り組んできた経験から、こういうことになった時のそうした人たちの心理を紐解いてみると、「心配」や「不安」といったものや「だってしょうがないじゃない」というものが多いように思います。

また、労働時間が多くなるほどに仕事から得られる満足度が上がっていくという研究データもあるそうです。
確かに長時間働いた後、何だか「仕事やったなぁ」という充実感を感じることがあったりします。
長時間労働が続き、こうした満足度が上昇してくることが、長時間労働をしている人が、なかなか長時間労働を改善していこうという行動に移れない一つの理由であるのかもしれません。

しかし、私の人事業務の経験を通じていえるのは、そうした理由は、一つ一つ聞いていくと「なるほど」と思えることなのですが、実はその人の思い込みであったり、自分を正当化、あるいはかわいそうな人として納得させる口実であったりするということが多かったりします。
例えば、「夜やったほうが仕事が集中できる」という意見の場合、実は長時間働いて疲れていることで、集中力が落ちているということが往々にしてあるのです。 ほら、夜、残業していて数字が合わず、何度見直しても原因が見つからなかったけど、翌朝、再度見直したら簡単に数字が合ったなんてこと、よくあったりしないでしょうか?
また、「お客さんに迷惑かかる」ということについても、早めに説明や相談をすれば迷惑かけることなく調整がついて、心配するほど迷惑をかけるということはなかったりするのではないでしょうか。
さらに付け加えると 、「今日が締切なので、今日中にやらないといけない」という場合、今日中というのは何時までのことでしょうか? その日の23時59分まで…? 確かに理屈上はそうですが、ほとんどの場合、相手もそんなことを望んではいないのではないでしょうか。だったら、上述したような早めの説明や相談を望まれるのではないかと思います。そう考えると、結果的には、そうした理屈は、その人の「ぎりぎりだったけど、間に合わせた」という満足感という側面のほうが強かったりするのではないかと思います。

このような意見が、全て通るわけではなく上述した事由の中には「確かに」というケースもあるとは思いますが 、説明した通り多くの場合は、思い込みや心配し過ぎだったりするのです。

時には、遅くまで、あるいは休日に頑張らないとならない場合もありますが、要は、長時間労働を決して正当化することなく、メリハリをつけた働き方を意識する必要があるといえるのです。そのためには、例えば、「仕事が残っていても、この日は帰るという日を決め、実際に早く帰ってみる」「終わるまでではなく、何時までにやるというように時間を決めて仕事に取り組んでみる」・・・など、不安や心配があっても、思い切ってやってみるということも必要でしょう。そうすれば、これまで思い込んでいたものが、実はそうでもなかったということなんかはよくあることです。

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会社と働く人が各々やるべきことをする

これまでみてきたように、長時間労働削減は、医学的な観点、法的な観点、生産性や効率、コストといった観点から、そして、働き方改革の目指すところであるワークライフバランの観点・・・など様々な観点から、会社としても、働く人としても、実現したほうが良いことは間違いないことです。
ですので、その実現に向けて、会社は、時間管理、業務の配分や指示、管理職への教育・・・など、働く人は、創意工夫、意識改革、スキルアップ、能動的に働く・・・などといったことを、各々が取り組む・・・そして、そうした労働者自身の姿勢と会社や組織が取り組む労働時間短縮の施策が噛み合った時に、働く人も会社もWin-Winの労働環境が生まれると言えるのです。

ぜひ、会社と働く人が一緒に考えて取り組んでいきたいものです。

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ヒューマシー人事労務研究所では、長時間労働削減に向けた労務管理コンサルティング、管理職への労務管理研修実施、健康経営導入支援など、貴社の状況に応じたサービスを提供しております。長時間労働削減に取り組みたいとお考えの場合は、ぜひ一度ご相談ください。

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